毛布をめぐるおはなし。 「おっはよー。って、あれ?」 朝。 勢いよくドアを開けた滝川は、昨日の夜の状態とはすっかり変わってしまったベースを見て目を丸くした。機材が半分以下に減っているのだ。 「リンさんよ、これってば、どーゆーこと?」 入口のそばでコードを操っているメカニックに歩み寄る。自分が寝ていた間に、なにがあったというのか。 「撤収作業をしています。とは言っても、チャペルの機材は引き続き残してありますが」 「なんで? あ、チャペルだけに絞って監視するってこと?」 「いいえ。事実上の撤収です。チャペルに残したのは、様子を見るためだそうです」 「はぁ?」 盛大に眉をしかめた滝川は、ベースをぐるりと見まわした。目当ての責任者は不在のようだ。その代わり彼の視界に入ったのは、ソファに横たわる少女だった。 「・・・・・・」 滝川は少女に近づき、その寝顔を検めた。 「ふーん、そういうこと」 彼は聡い。 滝川は声にださずおつかれさまと言うと、毛布をかけ直そうと手を伸ばした。が、ふと止めた。たっぷり10秒ほど、毛布に穴があくほど見つめ、ようやく麻衣にかけ直す。そして静かにソファから離れ、再びリンのそばへと戻った。 「ねえねえリンさんよ。・・・あの毛布、ナル坊の使っていたものだよな?」 リンは滝川の指す方を見て、さあ、と返した。 「いや、そうだ。朝起きた時、ナル坊の布団だけ毛布がなかったから、ベースで寝たのかなって思ったんだ。間違いない。・・・ん?」 そこまで言って、滝川は再びリンと麻衣を交互に見る。 「待て。リン、あれがだれの毛布か分からないってことは、少なくともあの毛布をかけたのはお前さんじゃないってことだよな?」 「そうですね」 「じゃあナル坊か? あいつがかけたのか?」 徐々に語気がヒートアップしてきた滝川を、リンはちらりと一瞥する。 「どうでしょうね。谷山さんが自分でかけたのでは」 「百歩譲ってそうだったとしても、あの毛布はナルのだろ?」 「谷山さんが自分の分をもってきたのでは?」 「そんなことはない! なぜなら控室にはナルの毛布はなかったからだ。あれが麻衣の毛布だとしたら、ナルの毛布はどこに行ったんだ?!」 「・・・・・・」 「リンさんよ、いまのやり取りで気付いたんだが、お前さん、麻衣がどういった経緯でここで寝るに至ったのかも知らないのか?」 「・・・ええ。ただ、夜中のうちに谷山さんが浄霊を行ったと、それだけ聞きました」 「リンがベースに来たのはいつだ?」 まるで取り調べのようだ。滝川はものすごい剣幕で詰め寄る。 「交代が3時でしたので、3時に」 「その時麻衣は?」 「すでに寝ていました」 「毛布は?」 リンは少し考えるしぐさをして、 「恐らくかかっていたかと」 「それから今までずっと麻衣は寝てる?」 リンは一度麻衣を見やる。 「恐らく。私がここにいる時間はずっと寝ていました。撤収作業で何度か空けましたが、長時間は空けていません」 少しの間リンを睨むように見ていた滝川が、ふと勢いを弱めた。 「お前さんに詰め寄ったって意味がないよな」 ようやく気付いたのだった。 「・・・そもそも俺は何に対して怒ってるんだ」 「・・・・・・」 「ちなみに、ナル坊は徹夜かい?」 3時にリンが来たときにすでに麻衣は寝ていて、毛布もかかっていた。恐らくその毛布はナルのもので、ということはつまり、ナルは控室で寝ていないと推測したのである。 2月だ。ベースにはある程度の機械があるのも手伝って暖かいが、控室であれば毛布がなければ寒くて眠れないだろう。 「ベースで少し仮眠をとりましたが、ほぼ徹夜ですね」 「・・・ベースのどこで?」 滝川は改めてベースを見まわした。 ベースの中に腰掛けられるものは簡易の応接セット、モニター前にある事務用椅子一客、丸椅子一客、そしてモニターのそばの長いソファだけである。 問題は、モニターそばのソファには麻衣が寝ていて、簡易の応接セットに使っている椅子は、背もたれの低い一人掛けのソファが四客、ということなのである。 事務椅子はモニターを監視する者が座るだろう。今回の場合はリンだ。 背もたれのない丸椅子、背もたれが極端に低くそのうえ一人掛けである応接セットのソファは、仮眠するに適していない。 そして、麻衣の眠るソファは大きく、背もたれの高さも十分にある。麻衣が眠る横には、横になるには足りないが、眠るには足りるスペースがある。むしろ、このベース内で眠るとしたら、そこしか考えられないのだ。 「どこで、仮眠をしたって?」 「・・・谷山さんの横で」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 その後しばらく滝川はナルに冷たかったとか、冷たくなかったとか。 おしまい
終章に盛り込もうと書いたものの、やっぱりやめて、こちらでこっそり公開してみました 滝川→麻衣、ではないですけど、父娘、くらいの気持ちで/笑 20120530 本庄歩 |