ティーカップ 我らが所長は先日、19歳の誕生日を迎えた。 去年は、当人が日本に戻ってくるかこないかの辺りでばたばたしていた時期だったと思う。お祝いをした記憶がない。 ・・・そもそも、お祝いのムードでもなかった。 今年は、ささやかながらもみんなでお祝いさせていただいた。 当の所長はまったく興味がない様子で、迷惑そうにしていた。 呼び出すのは難しいだろうという見解のもと、事務所で勝手に開いたものだから、まぁ、迷惑に思うのも仕方がないと思う。 「ここは喫茶店じゃないんですが」 主役が手もつけなかったケーキと、シャンパン、おつまみ程度の料理。それでも、人数分のグラスと取り皿も並んだものだから、応接セットは賑やかだった。 コトリ。 目の前にカップが置かれ、湯気はふうわりと立ち上る。 「一休みでも、いかがですか」 湯気と同じ優しい笑顔が、一気に過去から現実へと、思考を引き戻す。 あたしは今、SPRでバイト中だった。 安原さんは自分のデスクにもカップを置き、椅子を少しだけあたしの方へ向け、腰を下ろした。 「久しぶりに淹れてみたので、腕が鈍っていないといいんですが」 「あ、ありがとうございます。いただきます」 いい香りがした。 ここしばらく、アイスティーばかり飲んでいた。やっぱり、アイスとホットでは香りが違う。 自然と、顔がほころんだ。 「・・・今、この間の誕生日会のことを思い出してて」 仕事中に仕事以外のことを考えていたと、堂々と宣言するのもどうかと思った。けど、あたしは、安原さんが紅茶を淹れに立ったことにすら気付かなかった。 これだけぼんやりしておいて、この人にばれていないわけがない。 そして、このぼんやりは、今日だけじゃないはずだった。 ナルの誕生日会以来、気づけばあの時のことを考えてしまっている。 「久しぶりにみなさんが集まったんですよね。いやぁ、楽しかった。ぼく、すごく楽しんじゃいましたよ」 事務所から依頼するような仕事が特になく、最近真砂子は顔を見せていなかったし、ジョンは翻訳の仕事が忙しいと言っていた。 それぞれに仕事や、学業などのある面々が、自然と揃って集まる、なんてことはなかなかないのだ。 安原さんの目が、「楽しくなかったですか?」と言っているような気がした。そうじゃない、楽しくなかったのではない。あたしだって、久しぶりにみんなと会えて楽しかった。 ただ・・・ 「あたし、あの日」 紅茶から、目線を安原さんにそっと移す。促すように、でも急かすわけでもなく、静かに続きを待っている目があった。 「あたし、あの日、ナルにプレゼントを用意していたんです」 けど、 「でも、どうしてか渡せなかったんです」 自分でも不思議だったけれど、渡せなかった。 タイミングがなかったわけじゃない。いくらでも渡せた。みんながいる前でもいい、帰った後でもよかった。 そして、今でも渡せないでいる。 渡せなかった心残りを、今の今まで、誰にも言えないでいた。 「どうぞって、誕生日おめでとうって、渡すだけなのに」 真砂子は、小さな、綺麗にラッピングされた箱を渡していた。 さすがのナルも、渡されたものを無碍にするような人間ではなかった。真砂子にそうしたように、あたしがプレゼントを渡しても、受け取ってくれたに違いない。 なのに、なぜか怖気づいてしまった。 そう、 「怖気づいちゃったんです」 なぜか。 「どうして?」 あたしが、あたし自身にしてきた質問を、そのまま安原さんが口にした。 「どうして、怖気づいちゃったんでしょうかね」 ただ、安原さんのそれはまるで、答えを知っている先生が生徒に回答を求めているような口調だった。 「麻衣、お茶」 所長室から出てきたナルが、あたしにそう声をかけたのは、退勤間近の時間だった。 あたしが流しへ行って準備している間に、安原さんは用事があるから、と、定時ぴったりに退勤していった。 渡すなら今ですよ、と、忘れずに添えて。 「ねぇ、ナル」 新しいティーカップを買ったから、今日から使ってくれる? |