花嫁の涙 (1) 高校生の少女が目をキラキラさせるのも仕方ない。 深い茶色を基調とし、ところどころに白のラインの入った洋風の館。平面幾何学式庭園には噴水があり、奥には教会らしき十字架を冠した建物も見えた。 一歩中へ足を踏み入れると、そこもまた夢の世界。毛足の長い絨毯が足に優しい。深い色をした数々の調度品…机、椅子、照明、絵画、花瓶。 「ほんと、素敵ですねぇ・・・」 機材を搬入するための何度目かの往復で、麻衣はやはり何度も思ったことをようやく口にした。 「恐らく、そういった雰囲気作りから始まってるんでしょうね。結婚式って、特に女性にとってはすごく重要なものなんでしょう」 「なるほど〜」 人生の特別な日を演出する特別な空間。主役もまた招待客も、その特別さに引き込まれるような雰囲気作りというわけだ。 何組ものカップルがここで特別な一日を過ごしたことだろう。 「谷山さんも憧れますか?」 にこにこと安原に尋ねられ、麻衣は目をしばたたいた。 「あたしが花嫁さんとしてってことですよね? そっかぁ、そんなこと考えもしなかった!」 今度は安原がきょとんとした。 「女性なら、だれもが憧れるものなのかと」 「あたしが花嫁さん・・・想像できないです、あたし、いつか結婚できるのかなぁ」 「なに言ってるんですか、谷山さんなら最高に素敵な人が見つけられますよ」 僕が太鼓判を押しますと、安原は頷いて見せた。 「ですかねぇ。・・・できるといいなぁ。あったかーい家庭、憧れるなぁ」 「なんでしたら、僕が」 「おいおいおい」 少し後ろから大股で近付いてきた滝川が、ぐいっとふたりの間に割り込んだ。 「じょーちゃんはまだ高校生だから、想像できないんだよな。早い早い」 「そんなことないですよー、谷山さんだって、もう結婚できる年なんですから」 ねぇ、と同意を求められて、麻衣は苦笑いだ。 「どこぞにまだまだ結婚してないおねーさまがいるだろ」 「綾子?」 麻衣が今頃ひとり、ベースでくつろいでいるだろう人物の名前を挙げる。 「松崎さんだっていき遅れって年じゃないですけどね・・・あ、そっかノリオ、僕が結婚しちゃったら寂しいんですね。もう、やきもち焼きなんだからっ」 「かんべんしてくれよ・・・」 滝川がうなだれたところで、黒い人物が颯爽と三人を追い抜いて行った。 「ずいぶんと楽しそうですね」 冷たい風が吹いた。 ベースには、親族などが控室に使う部屋をあてがわれた。 いつもなら幸せがあふれているはずのその場所が、今はその面影もなく機械であふれている。 配置してあった家具はすべて端に寄せたため、残念ながらインテリアも台無しである。端に寄せたひとつであるふかふかのソファを見ながら、作業がひと段落したら座ってみようと麻衣は思うのだった。 一通りの機材搬入が終わり、リン、麻衣に安原、そして滝川と綾子の5人は自然とナルの周りに集まった。 ナルは大きく引き伸ばした平面図の前に立っていた。 ここはひとつの披露宴会場とひとつのチャペルで構成されており、結婚式場としてはあまり大きくない。部屋として見ると、事務所、衣装室と倉庫、親族控室にブライズルームのみである。 その中でチャペルは独立しており、披露宴会場そばから細い廊下でつながってはいるが、入口も別に作られている。 「イメージとちょっと違ったなぁ。もっといろいろ会場があるのを想像してた」 平面図を見ながら、麻衣がつぶやく。 「そういうところもあるけどね。貸し切りのゲストハウスウエディングなんて、ブッキングさせない自由度の高い式っていうのもうりのひとつなんでしょ」 「ホテルなんかじゃ、あっちにもこっちにも花嫁さん、なんてフツーだもんなぁ」 あごに手を当てながら滝川が深く頷く。 「式が終わってさあ披露宴会場に行こうとしたら迷ったりね」 「そうそう、時間がおして控室が使えなくなったりとか」 「へーえ。ふたりとも、結婚式とか出るんだね」 麻衣の頭をくしゃっと撫でて、滝川がにやっと笑う。 「じょーちゃんもお年頃になったらいやでも呼ばれるよ。意外とカネかかるし、楽しいだけじゃないのよ?」 「そっかなぁ。知り合いの結婚式なんて、招待されたら幸せな気持ちになれそうだけど」 「麻衣は単純だからな」 そこで冷たく口をはさんだのはナルだった。そして、麻衣が口をはさむ前に次を進める。 「ぼーさんと松崎さんで一周様子を見てきてくれ。リンはベースに残る。安原さんはカメラ設置と室温測定をお願いします」 「足音とかするのはチャペルだよな」 「そうだ。庭の花が一斉に枯れる現象もある。あとはこれから職員に聞いてみる」 「あのビデオ、信用するわけ? あまりにもはっきり映りすぎて、むしろ胡散臭いのよね」 綾子は毛先を指で遊びながら、思い出すように目を細める。 あのビデオと言うのは、ナルが依頼を断った2日後に依頼主が持ってきたもの、そして、ナルが渋々依頼を受ける決め手となったものだった。 怪現象が起きている証拠だと持ってきたそれは、夜のチャペルをただ撮影していた。暗視カメラではなかったが、チャペルの中には月の光が射していたため、判別がつく程度には捉えていた。 ―――ラップ音と、何かの影を、はっきりと。 「あの映像を全面的に信用したわけではない」 「りょーかい、とにかく、調べなきゃなにもわからんよな。行くぞ、綾子」 ひらりと手を振って、まずは滝川がベースを後にする。あんたに指示される覚えはないわよ、と綾子もついていく。 「あたしは?」 「話がある」 次いで、安原が機材を抱えてベースを出て行った。準備が早いのは、さすが安原と言うべきだ。 しかし、これから起こるであろうことを予測できた麻衣は、安原が早々に出て行ったことが残念で仕方がなかった。ベースに残ったのはナルと麻衣、そしてリンだったが、リンに助け船は期待できないからだ。 しんと、一瞬の沈黙が落ちた。 気まずく感じたのは、麻衣に後ろめたい気持ちがあったからだ。 「あのビデオ、撮らせたのは麻衣だな」 「・・・・・・」 「さっき、依頼主から聞いた」 もう逃げようがない。 「なんでそんなことをさせた」 ナルの冷たい目に、麻衣は少し頭を下げたものの、視線はそらさずに答える。 「目に見える証拠があれば、ナルは動くでしょ? それに・・・もし何も撮れなかったら、それはそれで依頼主を安心させてあげられるかと思って・・・」 「危険だとは思わなかったのか」 「もし危険なことが起きるなら、放置しておく方がもっと危険だよ!」 語気強めに反論した麻衣に対し、ナルは一層冷たい視線を返した。 「僕は映像を撮らせたことが問題だったとは言っていない。あの映像、依頼主がひとりで夜の間ずっとビデオを構えて撮ったそうだ」 麻衣が、はっと顔を上げた。 「僕なら決してそんな真似をしない。誰もいない深夜に、現象が起こるかもしれない場所で、ひとりで撮影するなんて無謀すぎる」 依頼を断ったときに、肩を落とした依頼主に対して、助言のつもりで軽くかけた言葉だった。 『もし、ビデオとかに現象を撮れたら、うちの所長も調査に乗り出すと思うんですけど・・・』 何か手助けできたらと思って言ったのだ。 「そのひとことがどれだけ危険な行為か想像もできなかったなら、調査員として失格だ」 返す言葉を見つけられず、―――言い訳なぞもちろんあるはずもなく、麻衣はうつむいた。 |