花嫁の涙 (4) そうと決まれば、と安原はナルと軽く打ち合わせをして、早々に出かけて行った。 安原とナルの打ち合わせはいつも短い。それぞれに頭の回転のいいもの同士、みなまで言わなくともお互いにわかりあうのだろう。そして安原はいつもナルの期待以上のものを持ち帰る。 「なにを隠してるんだか知らないけど、問題を解決したいならさっさとしゃべっちまえば良いのにねぇ」 「変な噂でも立てられたら困るって思ってるんでしょ」 「そうかねぇ。そもそも拝み屋を雇ってる段階で、そのくらいの覚悟できてるもんじゃないの? ここなんて結婚式場でしょ、『拝み屋を雇った』程度の噂だって、漏れてしまったらお客さんこなくなるんじゃねぇの?」 「でも、ここのオーナー、紹介でうちに来たんだよ。外部には漏らさないで解決してもらえるんですよねって、何度も念を押されたもん。だから、そこは信用してるんじゃないのかな」 だから誰にも言ったらだめだからね、と一応口にした麻衣に、何を当たり前な、とばかりに二人は返す。 「俺らが口外しないのは当然として、だったらなおさら、なんでしゃべんないんだろな。俺たちの口には戸が立てられるって思ってるわけでしょ、臭うねぇ」 「まだ未確認だ、憶測で話を進めたくない」 話題を切ったのはナルだった。 「ところで麻衣、チャペルと中庭はどうだった」 今回の怪現象で具体的な内容が分かっているのは、チャペルでの足音や怪音、および中庭の花がいっせいに枯れるというものだった。 メンバーの中に何かを感じられるのは麻衣しかいない。そういう意味での質問だと、麻衣もすぐに気がついた。 「チャペルも中庭も、見た感じで特に気になる様子はなかったよ。いやな感じもこれと言ってなかったし・・・あ」 あ、の言葉に、自然とメンバーの視線が集中する。 「そうだ、ナル。さっきの夢の話なんだけど、もしかすると、ここのチャペルでの出来事じゃないかもしれない・・・」 麻衣は、チャペルに入って見て気づいた床の違いについて、安原に対してしたものを再び説明した。 「夢の中では色の入ったモザイクの石畳で、ここのものは白一色の石畳だったと言うことか」 「モザイク?」 「デザインの一つよ。ざっくり言えば、夢の中のチャペルの床は、カラフルな小さめの欠片が敷き詰められてたってことでしょ。確かに、ここのチャペルは床モザイクじゃなかったわね」 へぇ、と感心しつつ、麻衣は話を進める。 「で、思い出しながら考えてみたんだけど、あたし、夢の中ではほとんど床を見つめていたからチャペルのほかの部分って覚えてないんだよね。だから、ここのチャペルと夢の中とでは、床が違うのは確かだけど、ほかの部分がどうだったかははっきりしなくて」 「違うチャペルの可能性もあるってことだな。まぁ、単純に改装しているのかもしれないが。確認する必要があるな」 「確認しないとってのはわかるが、築浅だよねぇここ。そんな簡単に床を全とっかえなんてしないでしょ。夢で見たチャペルとここのチャペルが別物だとすると、麻衣はなんの夢をみたんだ?」 麻衣が見たチャペルは、どこのチャペルなんだろうか。そもそも、どうしてここのものではないチャペルの夢を見たのか・・・ 「なぞは深まるばかりだねぇ」 滝川のひとことに、麻衣はリンのため息を聞いた気がした。 「いったんお茶淹れるね、みんなちょっと休憩しようよ」 麻衣は率先して給仕を始めた。いつものように、紅茶に、コーヒーにと手際よく用意していく。できた頃にはナルとリンはモニターを前に話し込んでおり、ここに置いておくねと言えばリンは軽く頭を下げたものの、所長様は無反応。 続いて滝川に持っていくと、「さんきゅ」。 綾子も「ありがと」と来たが、 「実際の結婚式だったら、桜茶が出たりするのよねぇ」 と続いた。 「綾子そんなの飲むのかよ。ウエルカムドリンクで最初からアルコールの方が似合ってるぞ」 「失礼ね」 「桜茶ってなにー?」 全員に飲み物を給仕し終え、麻衣は自分の紅茶に口をつけながら首を傾げる。 「桜の塩漬けにお湯を注いで飲むお茶よ。お湯の中でふわっと桜が咲いて、きれいよ〜」 「飲んでみたい〜!!」 「いいわよ。あたしの結婚式のときには、麻衣に出してあげる」 「おいおい、いつになるんだよ・・・」 滝川が少し馬鹿にした表情をしたが、対する綾子は真顔だった。予想外の反応に滝川が眉を上げる。 「そう遠くない話よ」 「え?」「ええ?」 「チャペルの温度が下がり始めました」 麻衣と滝川が身を乗り出したのと同じタイミングだった。 「他の部屋の温度に変化はありません」 すぐに麻衣と滝川、綾子もモニターの前に集合し、食い入るように画面を見つめる。リンが何か操作すると、ざざざと音がした。チャペルの音を上げたのだ。 パシッ パシンッ 乾いた音が聞こえてくる。 「・・・あそこ」 麻衣が指をさすと、ナルが浅く頷いた。 チャペルに設置したカメラのうちの一台の画像に、白いもやが現れた。カメラは正面入り口からまっすぐ説教壇を映している。もやは右手前に現れ、少しずつ移動し、映像の奥、説教壇へ向かって移動していく。 そのうち、別のカメラも横切る形でもやを捉えた。 バシンッ 徐々にラップ音が強くなる。 白いもや・・・すでにメンバーには人影に見えたいた――は、並んだベンチをすり抜けるように説教壇へと近づき、奥の壁まで進み切り――― 「・・・消えたな」 ナルの言葉と同時に、全員の緊張がふっと解けた。 「人影、だったよね・・・」 「そう見えたな。はっきりとではないけど、動きが人の歩く動作に見えた。足が前へ前へ出る感じ」 麻衣と滝川のやりとりを、ナルは目を細め、腕を組んで眺めていた。 「・・・僕には、猫背で、ゆっくりと歩く様子に見えた。少女と言うよりは、まるで老人だ」 「なんだかなーあ」 着々と準備を進めながら、滝川はため息にも似たつぶやきを漏らす。 「どしたの」 その準備を手伝っている麻衣は、当然のように尋ねる。 「足音と怪音のみで、実害がないものをとりあえず祓うって、ちょっと抵抗があるっていうか」 「・・・営業妨害って言う、実害?」 「ま、そう言われるとそうなんだろうけど」 部屋の温度が下がった。人影のようなものをモニター越しであったが確かに目視できた。よって、安原さんの戻りを待たず、「とりあえず祓ってみる」ということになったのだ。 仮にこれで現象が収まれば、オーナーの望み通り、望む方法で解決したということになる。 「あ、中庭の花が枯れてるって、実害でしょ」 「そっか。それもあったな・・・よし、できた。麻衣、少し下がってて」 麻衣は頷いて出口の傍まで下がった。しんと静まり返る中、すっと、滝川が息を吸った音が聞こえた。 聞き慣れた真言を聞きながら、麻衣は咄嗟の出来事にも対応できるようインカムを今一度確認し、注意深くあたりを見回す。 流れるように除霊は進んだ。 ―――その時までは。 「ぼーさんっっ!!」 麻衣の声に、弾かれるように滝川が振り返る。 さっきまで静かなチャペルだったそこは、一瞬にして火の海だった。両サイドのベンチが激しく燃えている。爆ぜる赤い炎、もくもくと上がる黒い煙。 着火した、のではない。火は広まったのではなく、まるで映像を差し替えたかのように一気に燃えている状態へと変化したのだ。 「麻衣、逃げろ!」 「ぼーさんも早く!!」 滝川は舌打ちし、辛うじて火の手が弱いベンチとベンチの間―――本来のヴァージンロードを火の粉を払いながら駆け抜け、その勢いのまま麻衣を熱から守るように抱きかかえた。 麻衣の背中はすぐドアだった。 正面のドアに手をかけ、最後の最後で滝川は一瞬ためらった。 「ニセモノであってくれよ・・・」 滝川は、両手に力を込めて、ドアを――― |