花嫁の涙 (8) 「今日もご足労ありがとうございます」 ナルは口元のみで笑みを作り、オーナーを応接セットへと招いた。 もちろん麻衣は飲み物をもって腰を上げ、綾子と滝川ともどもリンのそばへと移動する。安原がすぐにお茶を入れにかかったため、三人はモニターを見ているふりをしながら耳はやはり応接セットへ向いているという形になった。 二人は向かい合ってソファへ腰をかけたが、安原がそれぞれに紅茶を運んでも、初めは互いに口を開かなかった。 オーナーは紅茶を一口飲み、それでもナルが口を開かないのを見て、ひとつため息を漏らした。 「どういうことですか」 「・・・と、おっしゃいますと」 ナルの表情は動かない。 「とりあえず一人で来いと呼びつけておいて、なにも言わず黙っているのはどういうことですか、と聞いているんです」 「ぼくはあなたの嘘に困っています」 ナルの言葉に、オーナーが眉を寄せる。 「本当のことをおっしゃっていただいていないようで、調査に無駄な行程が必要になっています。ご存じのことをすべて教えていただけないでしょうか」 「な、に・・・を。嘘とはなんのことですか」 「まだとぼけるのでしたら、ぼくはここで手を引きます。申し訳ありませんが、ぼくはここの調査に全く魅力を感じていません。今すぐにでも帰りたいと思っています」 「それはっ」 オーナーが腰を上げた。テーブルに手をついたためガタンと音が鳴り、カップの紅茶が波立つ。 「それは困る。こちらも決死の覚悟で一週間式場を閉めたんだ。これから新しい業者を頼もうにも・・・」 「でしたら教えてください。嘘をつかれると、ぼくたちの調査も進みません。なにをそんなに隠したいことがおありなのですか」 「・・・・・・」 「ぼくらも、遊びに来ているのではないんです。現に調査員のひとりが入院する被害にあいました。もちろん注意を怠ったこちらのミスで、あなたに責任をどうこう言うつもりは毛頭ありませんが、あなたの嘘がなければ未然に防げたかもしれない」 オーナーが目を見開いた。テーブルについた手を離し、再びソファに腰をかける。動作に、落ち着きが戻ってきていた。 「入院された方はいま、どのような状態ですか」 「すでに退院しています。怪我などもありません」 「・・・そうですか」 やり取りの間、渦中の2人以外の全員が、吹き荒れるブリザードに身を縮めていた。 ナルの静かな口調が怒りの色を帯びていることに、オーナーは気が付いていないのかもしれない。付き合いの長い彼らには手に取るようにわかったわけだが、それがなによりも恐ろしかった。 「わかりました。お話します」 そんなときに、どうやらオーナーが折れたらしい雰囲気になったため、一同は揃って肩をなでおろしたのだった。 「どこからお話したらよいものか・・・」 「それではお尋ねします。ステンドグラスに関してご存じのことを教えてください」 オーナーは視線を落とした。 「やはりステンドグラスに原因があるんですね・・・」 ためらうように一度口を閉じ、何度か言い淀んだが、ナルは黙って待ち、オーナーはそれに応えた。 「あれは、この式場を建てることが決まり、チャペルのデザインの参考になればとヨーロッパの教会を巡っていた時でした。イギリスで、あのステンドグラスに出会いました。私のひとめぼれでした。 初めはそのステンドグラス職人を紹介してもらおうと思ったのですが、話を聞くとその教会は、信徒の減少、教会離れから取り壊しが検討されていると聞いたんです。そこで、私は買い取りを提案しました。おそらくこのタイプのステンドグラスでは破格だろうと思う金額を、新しいステンドグラスを入れても十分におつりが出るだろう金額を提示し、そのお金で立て直しをはかったらどうかと提案したんです。 しかし、私の提案は断られました。確かに取り壊しは検討されているが、決まったわけではないこと。そして、ステンドグラスだけ売って作り直すなんてもってのほかだと言われたんです。 交渉は決裂し、その時は諦めて帰国しました」 オーナーは一息ついて、紅茶でのどを潤した。 「ですが、私が日本に帰国してすぐ、その教会が火事にあったと知ったんです。私は慌ててイギリスへ戻り、教会へ向かった。ステンドグラスは多少煤けていたものの、無事だった。そしてもう一度頼んだんです。今度は承諾を得られました。火事がきっかけで、結局教会の取り壊しが決まったんです。 いま考えると、私はどうかしていたのかもしれません。確かにすばらしいステンドグラスですが、火事にあい、その際に死傷者も出しているような教会のステンドグラスなど、買い付けたのは間違いだったんです」 「死傷者がでている?」 「・・・はい。女の子がひとり、亡くなっているそうです」 「英語を喋る少女!」 静かに傍観しているつもりが、思わず興奮した麻衣が口を開いた。しかしナルが冷たく一瞥したため、それ以上は口を開かずに、彼女は再び視線をモニターへと戻した。 「彼女が幽霊としてでたのですか? やはり・・・やはり・・・私は間違ったんだ・・・」 頭を抱えるようにうなだれたオーナーに、もちろんナルは同情の言葉などかけない。 「現象に初めて気付いたのはいつですか。職員の方々は気付いていないようでしたが、なぜあなたは気付けたのですか」 「私は、ステンドグラスがとても気に入っていたので、ひとりでよく眺めていたんです。初めはいつだったか、ほぼ、できた当初だったような気がします。最初は変な、乾いたパシン、という音がしたかなという程度だったのが、日に日に、徐々にはっきりと聞こえるようになり、ついには影まで見えるようになってしまった・・・。職員で、見たものはいませんでした。夜にひとりでチャペルへ入るものがいなかったからなのか、それともこの怪現象が私への罰だから私にしか現れなかったのかはわからないですが・・・。嘘をついて本当に申し訳ない。どうか、どうか解決してください、よろしくお願いします」 「オーナーが隠してたって件、あれだけなの?」 すっかり肩を落としてオーナーが帰って行ったあと、ナルがふらりとベースを出て行ってしまったため、残る5人・・・のうちの4人が、応接セットで肩を寄せ合っていた。 「隠すほどのことかしら? それに、あんなに衰弱するような内容? ちょっとチャペルで変な音と影を見たってだけでしょ。チャペル以外では変な現象にあったことないって言ってたし。どうもしっくりこないんだけど」 綾子が腕を組んで首をかしげる。まだまだ嘘をついているんじゃないかと疑っているのだ。 「俺は、オーナーはもう嘘をついてないと思うがな。ステンドグラスを無理やり買い付けたって罪悪感が、チャペルの怪現象に対する恐怖心につながって、ここまで思いつめるにいたった、と」 安原もうんうんとうなずく。 「これを言っちゃ仕方ないですが、そもそもお祝いの場である結婚式場に、人が亡くなるような火事にあった教会からステンドグラスを買い付けるのが縁起悪い気がしますけどね」 「だよな。そういう意識もあったんじゃねぇの。もしこれで麻衣の件がなければ、人為的なポルターガイストの線でも疑えたレベルだよなぁ」 「確かに。ちょっと年齢が行き過ぎてる気もするけどね」 思い込みによる無意識のポルターガイスト。話だけを聞けば、それと思えてしまうほどオーナーは追い詰められているようだった。ただし、今回の場合は麻衣が憑依されかけ、そしてそれを真砂子が裏付けているという件があるため、これにはあてはまらない。 「オーナー、ずいぶん疲れた顔をしてたよね・・・」 ぽつりとつぶやいた麻衣の一言に、滝川が静かにそうだな、と返した。 「ちょっと、ステンドグラスに対して魅せられすぎたのかもしれないな。終わったら、ジョンに話を聞いてもらうといいかもな」 「そうだね」 ふたりのやり取りを聞いて、盛大にため息をついたのは綾子だった。 「・・・あんたたち、ずいぶんあのオーナーの肩をもつのねぇ。嘘をつかれて面倒な思いをしたっての、忘れたわけじゃないでしょ」 「でも多分、あの人悪い人じゃないよ」 麻衣が口をとがらせたので、綾子は鼻にしわを寄せた。 「あーそーですか。とりあえず、あたしはジョンを呼ぶのだけは反対しとくわ」 「なんで?」 「・・・ここが正式な教会じゃないからよ」 「どういう意味?」 「ここは結婚式の専門施設であって、正式な教会じゃないの。要は、ここのチャペルはキリスト教徒の挙式を模すためにある教会っぽい施設ってだけで、宗教上の教会じゃないの」 「そーなの?」 麻衣が目を見開き、綾子はため息をつく。 「そんなこと言ったら、ホテルの神前式とかもそうじゃねぇの」 「そうよ。それも同じ。神道についてはまた別だけど、本来のキリスト教の挙式は、キリスト教徒じゃないと挙げられないものなのよ。けど、日本ではキリスト教徒じゃなくても教会式ってやるでしょ。形式だけのヤツを。だからあたしはこういうところが好きじゃない。これはあくまで個人の意見だから、別にだれかがそこで挙げるって言っても文句は言わないけどでも、ジョンにはあまり見せたくないのよ」 「だから、綾子は最初からここの施設やオーナーに対してちょっと冷たかったんだ。なるほど・・・」 4人がなんとなく言葉を濁した時、タイミング良くベースのドアが開いた。もちろんそこにいたのはナルである。 「麻衣、ぼーさん、この写真を見てくれ」 ナルは手に一枚の紙をもっていた。少し荒いが白黒のそれは、教会のようだった。 麻衣と滝川がナルのもつ紙を見つめる。 「あ、もしかして」 「教会だ。除霊の時に見えた教会のイメージそのままだ」 「ステンドグラスのあったセント・エヴァント教会の写真だ。まどかにファックスを頼んだ。これで間違いないな。麻衣」 「はい」 「浄霊できるか」 ナルはまっすぐに麻衣を見ていた。そして、麻衣もまっすぐにナルを見返した。 「やってみる」 麻衣は、深くうなずいた。 |